今回のテーマは農林漁業の6次産業化です。

 

 

久方ぶりに「崎陽軒」さんのシュウマイを頂きました。

ホタテのうまみたっぷりでなかなか食べ応えがあります。

 

 

「崎陽軒」さんといえば,ご案内の通り,横浜にある老舗のシュウマイやさんで,一方,ここ宗谷はホタテの大産地ですが,この辺のご当地グルメで,その

 

 

ホタテを使った料理,ってなにかあるかしら?

 

 

と考えると,実は,驚くほど頭に浮かびません。もちろん,猿払の道の駅に行きますと,冷凍ホタテのでかいやつや干し貝柱はもちろん,ホタテラーメンとか,ホタテカレーとか,ホタテが入ってますという料理はあります。しかし,

 

 

ホタテを使った料理

 

 

は,「ホタテが入ってます」とは区別すべき,より高次元な商品と理解します。

 

 

ホタテに限らず,たとえば,当地では,東京ではめったにお目にかかれない豪快な「ウニ丼」がありますが,仕組みはごく単純で,ご飯の上に,生ウニをどっさりのせたものです。しかし,

 

 

ウニクリームパスタ,のような,ウニを使って一手間かけた料理

 

 

の類は,おめにかかれません。

 

 

もちろん,鮮度のいいものは素材で勝負,という発想はわからなくもありませんが(実際観光客が目的とするところは,生ウニであり,浜ゆでのカニであり,日本最北端の碑であったりするわけです。),6次産業化,などというように,地域資源を活用した新たな産業と雇用を創出するためには,農林漁業生産と川下の加工・販売を一体的に形成,振興するような,たとえば,紋別の出塚水産さんのように,かまぼこにしてその場で揚げて食べさせてくれるような気の利いたサービスはso goodですが,当地周辺では,ホタテの加工といっても,干し貝柱を別とすれば,ホタテの殻剥きがせいぜいで,たとえばの話,

 

 

シューマイに加工する工場を作ろう

 

 

というような動きは全く見られません。話に聞くところによれば,細かく「加工」したり,消費者向けにきれいに包装するとかは,どうやら,

 

 

「めんどう」

 

 

なのだそうで,それはそれで気の滅入る話ではありますが,最近では一方で冷凍技術も発達し,生産地と消費地が物理的に離れていることの問題は克服されつつある,とかお聞きします。

 

 

せっかく良質の素材の産地ですので,もう一歩進んで,ここで最終製品まで生産して出荷しよう —Product of Soyaブランド とか—的な発想はないものでしょうか。崎陽軒さん,食品加工工場を原料産地に作って頂けませんか?


地域経済にとっての事業再編,リストラとは・・・

 

フェリーターミナルの「波流」は,筆者が昼食だけでなく,食後のティータイムによく行く稚内にはめずらしいこざっぱりとしたお茶処です。

 

 

それが,この2月で,売り上げ低迷のため,クローズ,ということになったそうです。

筆者としては,ここの豚丼とショウガ焼き定食がお気に入りであったため,非常なるショックを覚えたのですが,この,「波流」(ハル),在稚の支店の方が,お昼など,本社や札幌,旭川方面からの出張者,お客人の「接待」に使っていたそうで,ここがクローズすると,いろいろ多方面に影響が波及するものと思われます。

 

この風景も見納めかもしれません。

 

 

不採算店舗をクローズすることはリストラの基本的な手法の一つです。

 

将来の成長を加速させるには,多少の「痛み」をともなっても足かせとなる不採算事業を早期に切り離すのは経営上の英断ですが,その結果余剰となった経営資源が他に転用される市場の流動性のない地方経済では,結果,雇用が喪失し,将来の成長よりも,うまく利用すれば富を生み出しうるアセットが死蔵され,朽ち果てていくだけになります。

 

稚内市内には,こうした使われることのないアセット(不動産)がよく見られます。しかし,不思議とそういう資産を有効活用しよう,という動きは見られません。

 

 

使いたい人に格安料金で,あるいは破格の条件で,使わせてあげれば,有効活用しようという人も出てくるんではないですかね。

 

 

どうせ何にも使われず放置されているなら,誰も困らないし,むしろ,使っていれば資産の劣化も最小限になり,なにより,予算もかからないし,地域経済にとってもプラスです。

 

 

メニュー満載のレストランを,というとなかなか出す方も大変ですが,たとえば,ちょっとした珈琲屋とか,カレー屋とか,コストのかからない破格の条件であれば,自分で起業してみよう,という人はいるかもしれません。

 

「店を閉じる」前に,そうしたやる気の人材を募集して,経営を任せてしまって,テナント料でもとれば,少額でもプラスになるでしょうに,「閉じて」しまえば,テナント料も入らず,一方で固定資産税は毎年発生し,フェリーを待つ人,フェリーで着いた人の集うターミナルに飲食店が無い,というのはいかにも「さびしい」限りです。

 

その会社にとって不採算事業でも,とりあえず,その会社の経営から切り離し,

 

 

低コスト経営のノウハウをもった他事業者や根性とリスクをとるガッツのある起業家の下で存続させる,

 

 

という方向で着地させることが地域経済に必要ということではないでしょうか,と思う次第です。

 

 

 

 

 

 


稚内は「砂嵐」の中にあります

 

 

砂漠といえば

 

 

砂,暑い

 

 

というイメージの強い日本人ですが,月の沙漠など,

 

 

水が少ない

 

 

という意味の「沙漠」もあります。

 

水が少ない,といえば,気温が低いと,液体としての「水」は影を潜め,固体としての「氷」に変貌します。もちろん,結晶のきれいな「雪」という存在もありますが,あまりに風が強いと,氷もほとんど砂です。

 

 

 

 

今日の稚内市内ですが,一見,沙漠の砂嵐です。

こうなると,前も後ろもわからず,車などを運転していますと,どこをどこに向かって走っているのか分からない状況になります。ワイパーも,全く機能喪失です。

 

 

大雪やつるつる路面も強敵ですが,こうなったら,速やかに路肩に車を・・・

 

 

が普通ですが,そういう教科書的対応が役に立たない好例がこういう場合で,市街地を外れると,

 

 

だいたい,路肩がどこか分からない

 

 

ことも多いので,うかつに端によると落ちたり,吹きだまりに突っ込んだりします。

 

 

事務所から帰ってきたら,自宅の玄関の戸が雪に埋まっていたので,適当にばさばさ払ったら,

 

 

鍵穴に雪が詰まって鍵が入らない

 

 

水道管の「凍結」にしろ,「氷」の砂嵐にしろ,季節感,風物詩というには,なかなか侮りがたい強敵です。

 

そういえば,砂漠では砂嵐で町が砂に埋もれてしまう,ということのようですが,稚内も「氷」の砂嵐で町全体が埋もれてしまいそうです。


水は摂氏零度で氷になります。

 

 

筆者は,こういうことは,製氷皿を冷凍庫に入れまして,エネルギーを使ってわざわざそうしなければ,そうならないことが,ほぼ常識的な世界に生きてきた人間ですが,

 

 

必死に暖めないと氷になってしまう

 

 

冬はかなりショッキングです。

 

昨日,今日と,ここ稚内の最高気温はマイナス10度。

理科の教科書に聞くまでもなく,水は氷になります。

 

ちょっと気を抜くと,トイレだろうが,風呂だろうが,液体としての水にその機能を依存している文明の利器は,役立たず,になります。

 

そういえば,むかし,むかし,日本の水道をみて感動した南国の某国よりのお客人が,蛇口を購入してお帰りになった,という話がありました。水道は,凍りますと,ただの「蛇口」です。

 

 

ところで,稚内とはどういうところか,といいますと

 

 

 

南稚内到着1分前の風景です。結構吹雪いてます。

 

何がそこにあるのかないのか,よくわからない風景ですが,稚内というところは,西側に山(丘)をひかえ,東側の海岸沿いの細長い平地に形成された町で,宗谷線は,日本海側の抜海を過ぎて,この山を越えて市内に入ってきますので,直前までこんな感じではあるわけで,あと10秒もすると,突然住宅地が開けてきます。

 

昨日は,マイナス10度を下回る中で,約1時間ほど旭川の駅で待たされましたが,同じマイナス10でも,ここでは,地吹雪が吹くと一寸先は真っ白,北緯でいえば45度ですが,ビジュアル的には,ほとんど北極圏です。


昨日からの大雪のため宗谷本線普通列車の旅、6時間。

 

 

ついせんだっては,出張先のホテルで寝坊して,予約していた都市間バスに乗り遅れ(そこの町はかつては鉄道が通っておりましたが,今は,自動車を除けば,飛行機と都市間バスだけがアクセスです。),それでもなんとか隣町までの路線バスに乗り込み,以後,次々と路線バスに乗り継ぐ,いわゆる

 

 

北海道横断路線バスの旅

 

 

をやって1日がかりで札幌にたどり着いたことがありました。

 

今回は,昨日からの暴風雪で岩見沢周辺の函館本線が麻痺し,そのあおりを食って,予約していたスーパー宗谷が運休。1日旭川泊で様子を見て,次の日の朝も運休。スケジュールの都合上、やむを得ず,旭川以北を運転する宗谷本線の普通列車で,6時間かけて稚内に帰る途中であります。

 

つまり,

 

 

宗谷本線,道北縦断普通列車の旅

 

 

なぜか,音威子府は30分弱の停車時間。

 

しかも、いい天気で,薄曇が若干出ていますが基本的には快晴の空模様です。

 

 

北海道の弁護士,なかんずく,旭川弁護士会の所属弁護士は,道北を縦横無尽に駆け回る宿命みたいなものがありまして,かつては,在旭川の先生方は,名寄はいいとして,稚内や紋別や,裁判があると,200-300キロを移動せざるをえず大変苦労されたそうで,頭の下がる思いですが,

 

 

稚内の弁護士は何もなくとも日常的に100-150キロを移動

 

 

しないと仕事になりません。で,ことがあれば,こうして旭川に呼び出され,結果,普通列車で半日揺られることになります。

 

 

北海道の冬なんてこんなもんです

 

 

ということらしいでのですが,ただし,旭川以北はずーっと快晴なのが,いただけません。

 

 

岩見沢が雪だからって,全区間運休にするな。旭川折り返しで運転してくれ。旭川から先はまだ250キロもあるぞ。

 

 

あるいは

 

 

現代の除雪車の手に余るなら,宗谷線には秘密兵器「キマロキ」があるぞ。

 

 

(筆者注:蒸気機関車2台で動かした往年の名機。大正から昭和にかけて、強力なロータリーで豪雪地帯の鉄道輸送をバックアップ。現在、名寄で静態保存中。)

 

 

暇なので新聞をすみからすみまで読んでしまいましたが,経常黒字,15年ぶりの低さ,大黒柱だった製造業の力の衰え,という内容の記事が出ていました。長期間の円高と新興国の台頭,国内市場の頭打ち,東日本大震災と原発事故,等々の不幸要因が重なった結果なのでしょうが,こうした突発事象があってもその悪影響を吸収しうる

 

 

バッファーが日本全国的に欠如している

 

 

のでしょうか。あるいは,もはや吸収できないくらい,国力が衰えているのか,実態はわかりません。ただ,音威子府の駅から,JRから保線の下請けしていると思われる業者のヘルメットをかぶった,一見雪かき用と思われるスコップをもったじーちゃん,ばーちゃんの一団が乗り込んできたところ,なにやら今の日本そのものを見ているような感ではあります。


雪と雪道を考える

 

 

今年は全道的に例年を上回る大雪です。ご当地での観測史上最高を記録した岩見沢ほどではありませんが,ここ稚内でも毎日のように,除排雪の車が道路を走り回っております。

「除雪」といっても,相手は,上部30センチまで新雪,その下は,車のタイヤで踏み固められた圧雪アイスバーンです。夜中のうちに,開建の大型除雪車が通ると,朝方には,

 

 

「削雪」状態になります。

 

 

つまり,大型のブルドーザー的な車両が路面の雪を根こそぎもっていくような状況,あるいは,車両の下部に,特殊な除雪機構を備えた大型車両が,通過する路面の雪を削り取っていくような感じで,これが通過しますと,

 

 

きらきら,つるつる,かちかちの路面

 

 

になるわけで,明け方に少々新雪が積もろうものなら,素人が足を踏み入れるのがはばかられる摩擦抵抗ゼロの空間になります。

 

 

聞くところによると,多くの人は,靴の底にスパイク上のピンを入れているそうで,筆者も試してみたのですが,どうも,建物の中を歩くときがよろしくありません。余計に,不安定な姿勢になります。

 

 

が,最近,道新にのっていた優れもので,非金属タイヤチェーンのような(実際,開発元は非金属タイヤチェーンを販売しているメーカさんのようですが)網状のものを靴にはめて歩きますと,なかなか快適でして,例の宙を歩くような感覚がありません。足下が,しっかりと地面をグリップしている感じです。

 

 

 

 

これで少しは冬場も地面を歩くことが出来るようになりました。ありがたい限りです。

 

しかしながら,この大雪がいつまで続くのか,考えるだけでも憂鬱です。

岩見沢では公共交通機関がマヒしているところもあるそうですが,稚内では,石狩ほどは積雪がないのと,比較的道幅が広く,除雪費も恵まれているそうで,その,つるつる,ぴかぴか,かちかち路面を除いては,少なくとも市街地は,鹿も出ませんし,地吹雪もありませんし,比較的穏やかな冬道ではあります。

 

たしか,新潟の方では,雪を夏まで保管しておいて夏場の冷房に使う,という実験が行われているそうで,そうすると,雪も資源です(公共広告機構みたいですが)。

屋根や道路にたまった雪の始末に苦労させられる北の住民ですが,

 

 

「捨て」るのではなく,「貯め」て利用する

 

 

 

方法はないものでしょうか。

町外れに広大な雪捨て場を有する北海道の各市町村こそ,そういう実験にはふさわしいと思いますけど。

 

ただ,低温だけはいかんともしがたく,先般も突然,トイレの水か凍り付き(夜の間に凍ってしまい),大騒ぎになりました。とりあえずホームセンターで買い込んだヒータを水道管に巻き付けて暖めていますが,床下の部分で凍ってしまえば,アウトです。

 

 


新年あけましておめでとうございます。

 

 

本年もよろしくお願いいたします。

 

北海道稚内市ですが,年末より,荒れた天気が続いております。

氷雪といいますか,雪だか氷だか区別のつかない,ただ,白色パウダー状のぱらぱら雪が,積もっては風に吹き飛ばされております。稚内と言えば風の町,ということになっておりますが,氷紋とはよく言ったもので,このパウダーが強風に吹かれて凍結した地面上を移動しますと,波縞の紋様ができます。ちょっと,大陸的様相です。今年は太陽活動のあたり年だそうで,もしかすると,そのうち,オーロラでも見えるかも知れません。

 

今年は例年より雪は多いそうでございまして,年末までに除雪車が道路脇に作った雪山は,遙かに筆者の背丈を超えておりましたが,徐々に排雪の方も進み,現時点では,雪山は姿を消しつつあります。ただ,雪山の下から地面との境目に現れた「氷板」が難物で,実によく滑ります。神社の階段などもガチガチに凍結しており,うかつに足を踏み入れますと,滑って宙を舞うおそれがあり,と言うのは大げさですが,いささか足下がおぼつかないことから,本年は,初詣も実現しておりません。

 

雪と言えば,屋根に積もった雪も,そう簡単には,消えてくれません。実は,年末に雪下ろしをしてしまったため,とりあえず,雪の重みでどうにかなってしまう心配はなくなりましたが,ド近視,ド乱視,ド高所恐怖症の筆者には,とてもそのような危険な芸当はできるはずもなく,仕方なく,近所の業者にお願いしました。結果,4トントラック優に2杯分の雪が運び出されたそうで,これが家の屋根に積もっていたかと思うと,いっそう寒さが身にしみます。

 

さて,新年とはあまり関係ありませんが,おなじみJR稚内駅で最近よく見かける,

 

 

 

 

つまり,日本縦断鉄道浪漫の旅

 

 

なる企画です。有り体に言えば,稚内から列車に乗って,日本列島を縦断,JR九州の最南端の駅,をちょっと過ぎた枕崎まで行こう,という時間とお金のある人向けの優雅な商品ですが,これがなかなか人気らしく,筆者など,迂闊にも何も知らずにその催行日に出張などに出かけようものなら,

 

 

(指定席は)満員です

 

 

と言われて,あわてることになります。特に,事前準備なしで,まあ,汽車の中でちょこちょこっとお茶を濁してはい終わり,的な至極怠慢な予定でまいりますと予期せずして痛い目に会うのですが,幸いにして稚内は始発駅なので,あとは自由席に走るしかありません。

 

しかし,スーパー宗谷とスーパー北斗を乗り継いで,はい函館で一泊,次の日は,函館を出て,青森から東北新幹線,東京で東海道新幹線に乗り換えて名古屋で一泊・・・みたいなペースで続く旅程,札幌往復10時間のショボ汽車旅で毎回ふらふらになっている腰痛星人の筆者には,とてもとても,近寄りがたい世界です。

 

かたや,新幹線を使えば,大阪から鹿児島まで最速で3時間45分だそうでして,大正,昭和レトロな線路をトロトロ走る日に3本のディーゼル特急が唯一の「高速列車」である筆者には,およそ,同じ世界の出来事とは信じがたい話であります。とはいえ,むかしむかし,まだ青函連絡船が元気であったころ,海を渡って函館に降り立った道民が函館始発の優等列車に乗って道内各地を目指したころを思うと,新幹線「札幌延伸決定」に狂喜する札幌の方には申し訳ないのですが,

 

北海道は本州とは時間と価値観の尺度が違うのだ

 

と,新年早々,新幹線にも高速鉄道にも全く縁のない北辺の移民は騒いでおるのであります。


年末年始のお休みについて

 

当事務所は,下記のとおり,年末年始をお休みを頂戴いたします。

来年もまた,よろしくお願い申し上げます。

 

             記

 

年末年始の休業  平成23年12月30日 ~ 平成24年1月3日

 

年始は,1月4日から,通常通り執務をいたします。


稚内桟橋驛復活プロジェクトとオムライス

 

 

21日の日刊宗谷ですが,「かつて稚内港北防波堤ドームで,稚泊連絡線の乗換駅として栄えた“幻の最北端駅”稚内桟橋驛を復活させる取り組みが,いま東京を拠点に活躍するプロカメラマンを中心に有志らの手によって動き始めている。実現に関しては,線路延長などクリアすべき諸問題も多いが,稚内の新たな観光名所として,伸び悩む道北観光への大きなヒントとなりそう」という記事が出ていました(一部,改変させていただきました。)。

 

稚内桟橋驛は,防波堤にあったかつての稚泊連絡航路の出発駅(連絡駅)で,今は北防波堤ドームだけが復元されて残っています。筆者は,旧国鉄の連絡船と言えば,青函連絡船,宇高連絡線,くらいしか思い浮かびませんが,樺太の南半分が日本領であった戦前,稚内と大泊(現コルサコフ)との間に鉄道連絡船がありまして,その北海道側の玄関が,その稚内桟橋驛であったそうです。

 

晴れた日にはサハリンの島影が見える稚内ですが,稚泊連絡航路では,冬季の結氷時にも航路を維持するため,砕氷船が用いられたそうです。たしかに,宗谷岬の売店には,「流氷館」といって,昔に漂着した流氷を冷凍庫で保管しています。ちなみに,宗谷岬は日本の最北端ですが,流氷の源といわれるアムール河からサハリンの北端を迂回してはるばるやってくる流氷は,南下して北海道にぶち当たるところが,ちょうど紋別とか,網走あたりです。宗谷岬に来る流氷は,おそらく,そこから二またにわかれて,オホーツク沿岸を北上してくるものであろうと推測いたしますが,最近,少なくとも,筆者は稚内で流氷を見たことはありません。さすがに,最近は,ここまでやってくるほどの量ではないようです。

 

が,一見すると流氷と見間違えるのですが,海は凍るところがあります。当然,湖なんぞは凍ってます。水道なんかも,油断すると凍ります。さすがに,砕氷船が必要なところはなさそうですが,最近の宗谷海峡は荒々しいので(そういえば,数日前に,稚内の北東の沖で,カンボジア船籍の貨物船が遭難,というニュースがありました。),船酔いの方が心配です。筆者は,情けないことに,港で船が上下しているのを見るだけで気分が悪くなるのですが,よく出張で利尻・礼文島に行くため,酔い止め薬は常に携帯しております。

 

稚内桟橋驛とはあまり関係ありませんが,最近,当事務所の近所で開店されたレストランがあります(“Restaurant if”)。看板にはオムライスとあるので,オムライス専門店かと思いましたが,もちろんオムライスがメインではありますが,ディナーメニューはいろいろあります。

 

 

お昼にはちょっと早かったので,店内はすいていましたが,12時をまわると,市役所やら信金やら,そこら中からどっと人が押し寄せるので,ランチは,12時前が吉です。

 

 

 

 こちらは,和風オムライスのセット(サラダ,コーヒー付き)。

 

こちらは,とろとろオムカレー。

 

どちらも,定番メニューですが,言ってみれば,

 

基本をしっかりおさえた安心できる味

 

です。

先の日刊宗谷の記事では,復活させる稚内桟橋驛は,「当時のオリジナリティー溢れる『昭和モダン』な雰囲気をそのまま残した作りになる予定」とのことですが,オムライス,もまた,なにやら昭和モダンの香りがします。

 

 


千葉県印旛郡本埜村-今は印西市

 

 

スカイマークの旭川-成田便が就航したのを機に,千葉に帰ってきました。

筆者が以前住んでいた千葉県本埜村(もとのむら)は,合併によって,いまは千葉県印西市の一部になっています。

 

千葉ニュータウン,というように,千葉県企業庁および都市再生機構(UR都市機構)により共同開発された地区ですが,大規模商業施設が並んでいます。

 

なかでも,ジョイフル本田千葉ニュータウン店は,筆者行きつけのホームセンターで,品揃えは玄人仕様,筆者も,ここで調達した材料でウッドデッキや,2×4工法の(!)物置を作りました。毎年,実家に戻りますと,まず何を置いても,ジョイフルです。今回は,空港から直行しました。

 

 

 

そうかと思うと,旧本埜村には,なかなか趣深いところがあります。

 

 

そのスジの人には有名な,そば処「川上」さんです。

 

 

 

 

 

昔から,ここのキノコ汁せいろが好物で,よく行きました。

昼時はすこぶる混みます。駐車場も少ないので,競争状態です。

 

 

 

 

 

本格的な除雪が始まった当地に比べれば千葉県は温暖(?)です。

成田スカイアクセスも開通し,人口も増え,以前は原野状態であった土地が,次々と造成,宅地開発され,新しい道路が次々と開通しています。

 

そういえば,NHKで「坂の上の雲」の第3部が始まりました。

第三軍による旅順総攻撃のシーンは豊富町の大規模草地牧場及び落合地区で撮影されたものです。

 

明治37年12月4日早朝から203高地攻撃を開始、旭川第7師団は,翌5日9時までに突撃を準備し,決死隊を4回にわけて203高地西南角に向かって突撃させ,歩兵27連隊の一中隊,歩兵28連隊の二中隊,歩兵25連隊の一小隊,工兵5大隊の大部を逐次攀登させ,西南角を占領。その後,東北角も陥落させて,午後4時ころ203高地を占領した,そうです。